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シカの食害保護で消えたコケ

(背景)

1980年代以降、シカの増加による生態系への被害が深刻になりつつあり、樹木へのシカの食害対策として、一部の地域では樹幹にラス(金網)が巻かれています。

 

  大台ケ原(奈良県)では、これまでに3万本以上の樹木にラスが巻かれてきました。野外観察の結果、このラスはどうやらコケに影響を与えている可能性があることが分かりました。

 

 

(目的)

そこで、このラスが樹幹に着生するコケにどのような影響を与えているか、またその機構について検討しました。

 

 

(結果)

  ラスがコケの種数・被度に与える影響を解析した結果、ラスが巻かれている樹木の幹からは、コケが消失していることが統計的にも確認されました。この原因を調べるため、コケに含まれる成分を分析した結果、ラス下のコケでは金属が多く含まれていることがわかりました。

 

さらに1980年代から現在までのコケの変化を解析したところ、ラスが張られた地域ではこの30年間で、コケが大きく減少し(被度にして4599%減)していました。

 

 

(考察)

コケは金属汚染に敏感に反応し、なかでも亜鉛汚染の影響を受けやすいことが知られています。ラスの素材は「亜鉛めっきされた鉄」であることを考慮すると、風雨で腐食してラス表面の亜鉛めっきが流失し、この亜鉛が金属汚染を引き起こして樹幹のコケを消失させているようです。

 

樹幹に着生するコケ植物は森林の水・栄養塩類の循環に大きな影響を及ぼします。そのため、生態系の保全を考える上で、ラス巻きに代わる手法(金属を使わない樹木保護)が必要であることを提案しました。

 

 

(重要な成果)

生態系の保全を目的とした計画であっても、目立たないコケは対象に入れられていないことが少なくありません。しかし、本研究で示したように、生態系を保全するための計画が、一方でコケの多様性を大きく減少させてしまっていることがあります。

 

そのため、コケが生態系の重要な要素となっている地域(亜高山帯・高層湿原など)では、コケの保全も念頭に入れた計画が強く求められます。

 

大台ケ原:シカの食害が目立つ
大台ケ原:森林衰退が進んだ地域
樹幹のコケは水・栄養塩類の循環に重要
ラスがある樹幹:ラス下のコケが消えている〔Oishi, Y. (2011). Biodiversity and Conservation 20 (11): 2527-2536〕
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